シェルビー

自動車メーカー、シェルビーは非常にかっこいい車を作るメーカーです

アメリカで登場した自動車メーカーとして知名度の高いシェルビーは日本でそれほど知名度が高くない自動車メーカーですが、レーシング・ドライバーのキャロル・シェルビーが引退し自ら魅力あるスポーツカーを作りたいとして登場したメーカーです。

当時、アメリカはヨーロッパのスポーツカーに対抗できるほどの技術を持っておらず、唯一といわれたシボレー・コルベットについてもコーナーの性能など、やはりヨーロッパの車には到底追いつかたないとされていたのです。

しかしシェルビーはヨーロッパの車にも匹敵できるほどのスポーツカーを作りたいという信念を持ち、またアメリカの量産部品を利用しやすく魅力的なスポーツカーを作るという目的の下、やっと実現したのです。

フォード・モーターの協力関係にあり、レース車両の開発、運営を任された時、ここで高い実績と貢献をしたという事も知られている事です。

シェルビーの名車といえばやっぱりコブラ

美しく性能の高い車を作り出すことで定評あるシェルビーですが、このシェルビーで有名すぎる車があの魅力的なシェルビー・コブラです。

リバーサイトで行われた1962年のノンタイトル戦において、颯爽と走った美しいコブラは、新鋭シボレー・コルベット327に勝つことができずリヤのハブキャリアを壊して終わるという事になりましたが、この美しい車は注目されました。

次に、フェラーリ、ポルシェなど当時の主力マシンとレースし、最初こそリードしましたが給油ミスという致命的なミスによってガス欠を起こし、ここでもリタイアします。

しかしこのコブラが持っている性能は、このレースによって世間に広く知らしめることができ、1963年、本格的にレース参戦を果たしたコブラは、リバーサイドレースによってワンツーフィニッシュするという快挙を成し遂げ、より一層注目されます。

シェルビーの世界進出はデイトナ

アメリカでコブラが活躍し次にシェルビーが考えたのが世界進出です。
ワールド・マニュファクチャラーズ・チャンピオンシップ・シリーズに参戦します。
1964年デイトナ2000kmレースで新設計となったクーペタイプコブラが初参戦、この時にはピット作業中の火災でリタイアとなります。

S貸しその後サーキットの名を取り、シェルビー・デイトナと呼ばれることになりました。
シェルビー・デイトナはその後5万台が制作され、翌年のGT選手権で優勝しています。

シェルビーの名車は今も高い人気を誇っている

シェルビーの名車といえば、コブラ、デイトナ等がありますが、そのほかにも沢山人をファンに持っている最高の車が多数あります。
シェルビー・マスタングなどは非常に高いパフォーマンスで世間を魅了した美しい車です。

元レーシング・ドライバーのキャロル・シェルビーの持っていた車に対する夢、そして美しく最高の質をもったレースカーを作るという信念に基づき作られたシェルビーの車は、こだわり、妥協を許さない最高の車です。

沢山の生産を行っていないシェルビーですが、だからこそ、オーナーは二度と手放すことのない愛車としてシェルビーの車を大切にされているのです。